May 31, 2011

Lost in translation

先週、映画を3本見た。映画を見たのは久しぶりで楽しかったけど、どの映画でも問題が。

まず1本目、Red Social(Social Network)。facebookがどうやって始まったかという、話題の映画である。現在オスカー候補の映画の上映会が開催されていて、そのうちの1本がこれだった。私もfacebookユーザーなので、見てみたいなぁ、と思っていたのだ。英語音声・スペイン語字幕である。これはかなり難しかった。なぜなら、登場人物がみんな早口なのだ。英語の早口、しかも男の人の登場人物が多いので、聞き取りがさらに難しい。リスニングがその有様なので、頼みの綱は字幕である。しかし、あのスピーキングの量に対しての字幕は、かなり高速で、しかもスペイン語なので、完敗もいいところ。終わった時の感想は、ようワカランかったなぁ……。悲しい。

2本目は、Mi nombre es Khan(My name is Khan)。アスペルガー症候群の主人公カーンの物語である。カーンはインド人で、途中から舞台がアメリカという設定なので、言語はヒンドゥー語、英語、字幕はスペイン語だった。ヒンドゥー語に関しては、音で聞いても全く分からないので、これはあやしいけれど字幕頼み。英語はかなりなまっているけれど、話す速度がSocial Networkよりもゆっくりだったのでまだ分かりやすかった。3時間くらいの映画で、盛りだくさんの内容なので疲れるけど、久しぶりに観ている最中や後にいろいろと考えさせられた映画だった。時間があるときに是非。

3本目は、El hijo de la noviaという映画。音声がスペイン語で、字幕は無しである。見始めて10分間くらい、何語でしゃべられているのか分からなかった。ようやくスペイン語だと気付いたけれど、結局最後まで、なんだかよく聞き取れないまま終わっていった。物語の大枠は分かるけど、詳細が全然わからへんという状態。まじでか、スペイン語のはずやのに?!とかなり撃沈したのだけれど、後で調べてみると、アルゼンチン映画だそうで。そのサイトでもアルゼンチンのスペイン語は全然違う、と書かれていて、また、学校の先生に聞いてもアルゼンチンのスペイン語は他のネイティブスペイン語圏の人たちにとっても聞き取るのが難しいそうだ。なので、ちょっと救われた気持ちになった。

今週も引き続き、映画祭の映画やら無料映画上映会があるはずなので、時間の許す限り(と言うか、基本的に許されまくっている。むしろ行って暇をつぶさなあかんくらい。はは。)足を運んでみようと思う。……それにしても、日本語、忘れないなぁ。しかし、通じないなぁ。日本語でぼそっとつぶやいたときに、「え??」と聞き返されたからボソッと言ったから聞き取れなかったのかと思いきや、はっきり発音しても、全く通じなかった。そらそうか。言語の中で迷子になるのは、もどかしいけど、おもしろい。

伝統舞踊

最近、文章ばっかりの投稿が続いていたので久しぶりに写真を。しかし、vivicamで取ったから、やっぱりしょぼいな。

今いる街は、Guanajuatoというとても小さな街。学生と観光客で溢れている。というのも、歴史的に鉱山で栄えたため町全体が石畳になっていて美しい。また、芸術でも有名で毎年10月には国際的な芸術の祭典セルバンティーノが開催される。景観が美しい(まぁ、坂道が多くて、観光客向けの通りを一歩中に入れば、野良犬のうんこまみれやったりするんやけど。笑)のもいいのだけれど、私が好きなポイントは2つ。

1つ目は、街の規模がかなり小さいのでどこへ行くにも歩いていけるという点。そのため、バスに乗る必要が無いから、交通費がかからない。逆に言えば、小さすぎるから人によっては、「そんなところに長くいたら飽きるでしょう??することないでしょう??」となってしまうかもしれない。私は、どうせどこにいても、結局カフェにいってダラダラとコーヒーを飲んで時間を過ごすだけなので、この街のサイズはとてもありがたい。ちなみに、1ヶ月が経とうというのに、この町の中心部を出た(バスとかで)のは、1度だけである。

2つ目は、各種イベントが多く開催されていると言う点。映画祭やらシネクラブによる無料映画上映会、劇場で演劇やダンスなどが多く開催されている。また、Callejones(めっちゃ小さい通り)のフィエスタもたくさんあって、よく教会に向かってパレード(太鼓とラッパと踊りと、ビルヘン(聖母))があるのに出くわしたりする。いろいろあっても、街が小さいので足を運びやすく、また、観光客が多いので、彼らにもわかりやすくするためにいつどこで何が開催されているのかと言う情報を入手するのがわかりやすくてとても助かる。

そんなわけで、先週の土曜日にメヒコの伝統の踊りがテアトロ(劇場)であったので足を運んできた。2時間のショウで50ペソ。その週で学校のクラスを終了していったアメリカ人の二人のGuanajuato滞在最終日と言うこともあり、一緒に見に行くことにした。最初の1時間は、ミチョアカンという州の伝統舞踊だった。私的にかなりツボだったのは、じいさんのダンスだ。じいさんのマスカラ(仮面)をつけて踊ると言うものなのだけれど、つえを突いたよぼよぼのじいさんが、突如めちゃくちゃアクティブに踊りだす。スリッパ(と呼ぶのかわからないけど)で地面をリズムよく踏み鳴らして踊りまくる。この静から動に変わる瞬間が、めちゃくちゃおもしろかった。来る!!来る!!!と分かっていても、いざじいさんがアクティブになると、ほら!!!!!!やっぱり!!!!とにやにやしてしまった。

そのほか、ミチョアカンのダンスのセッションでは、女の人がつぼを持ってその上で踊ったり、いろいろあって1時間くらい続いた。驚愕の長さ。その後は、何幕かに分かれてアステカの伝統的な踊りとか、また別の州の踊りとかがあった。おもしろかったのが、La Danza del Tritoという踊り。踊りと言うか、劇のような感じで、牛といろいろな人物が登場する。農場のオーナー(金持ちの象徴)や、酔っ払いや娘や老人や悪魔や死神などである。いろいろなんだかんだあるけど、最終的には死神に全員殺されてしまうと言う内容である。死は等しく全ての人に訪れると言うメッセージなのだろう。最初の何人かはあっさりと死んでしまうのだけれど、途中から登場人物が客席の方に走りこんできたり、会場全体で盛り上がった。一つ納得いかないのが、死神が微妙に肉付きがよかったところだ。骨のプリントがされた全身タイツを着ていたけど、なんっか、ぽっちゃり感が漂っていて、仮にも、死神なんやから、あんた太ってたらあかんやろ、と思ってしまった。盛りだくさんで、楽しかった。

これから、夏に向かってまた観光客が増えることでしょう。さて、どんな催し物が開かれるのやら。

May 28, 2011

生活

スペイン語、オモロイ。難しいけど。信じられないことに、もう4週間がすぎた。1ヶ月!!早い!!私は、1日4コマのクラスを取っている。今週は、クラスメイトがいたので会話のクラスを2コマと、先週より多めに取った。一人きりと言うのもなかなかメリットがあって、特に文法のクラスは、それぞれつまづくところが違うので、一人で授業を受けていると質問をたくさんできて、とてもありがたい。しかし、会話の授業は一人よりも大人数の方がいい。一人で受けても、先生に間違いを訂正してもらえるからマイナスではないけれど、人数が多いと意見をシェアできるから格段におもしろくなる。国や年齢が違って、いろいろな考え方や意見があることに気付かされる。それと同時に、自分の国がどういうふうに見られているのかということも知ることができる。今週、そして先週一緒に会話のクラスを受けたのは、アメリカ人の40歳くらいのカップルで、とてもおもしろかった。ポートランドに住んでいて、とても「ポートランド」っぽい二人だった。アメリカ人との共通言語が「スペイン語」というのにも、なんだかにやけてしまう。意欲的な二人だったので、断固英語をしゃべらなくて(二人の間でもスペイン語でしゃべっていた)、3人でしゃべるときも英語は本当にどうしようもなくなったときの「最終手段」だった。英語がそういう扱いを受けることはまれなので、私的にはとてもおもしろい。

文法のクラスでは、今週は「直接目的格」と「間接目的格」というのを勉強しているのだけれど、これが難しい!!説明はわかる、しかし、実践するのが難しい!!!そういうやつです。1回出てきた単語を、「それ」といったり「彼」と言いかえなければならないのだけれど、ついつい同じ単語を何度も使ってしまう。だから多分、これを使いこなせないと聞こえがしつこいんだと思う。書いたりするときは文字を見て考えながらできるけれど、話すとなるとスピードが半端ない。瞬時に変換して並び替えて文章にするのが、なっかなかできない。

そのクラスのときは、うぐぐぐぐ……あああっっ!!またっっ!!となっているのだけれど、今日の会話のクラスのはじめに、メヒコのスラングというか、日常よく使われている表現を教えてくれる時間があった。出てきた表現を全部知っていたので、やっぱり、だてに2年住んでないなぁ、と感じた。テキストの表現や文法には弱いけど、calle(道端)のスペイン語になったとたんにすごくわかる。使い方もばっちりわかる。その他の現象として、動詞はあんまり知らないけど、野菜や果物の名前は異常に詳しかったりする。生活するって、そういうことなんだなぁ、と実感する瞬間である。生活に必要な情報、スキルを磨いていく。それが生活。意思疎通をするのは生活力(or人間力??)。それを簡単に、そして豊かにしてくれるのが、知識であり、学びなんだなぁ、としみじみと思う。どちらかが欠けてもあかんのやなぁ、と思う。

May 25, 2011

時間

時間。

やっぱり、時間ってすごいなぁと思い知らされている今日この頃。学校の件に関しても、最初は生徒の数が少なすぎることへの驚きと、「思てたんとちゃうしーーー!!」という状況に泣き笑いのような気持ちだったけれど、3週間が経ち、再び来週には「学校に独りぼっちになるかもしれない」と言う状況を迎えようとしているけど、今は、まぁそんなもんでしょうと思えている。

謎にまみれていた同居人とも、最近徐々にいろいろ話すようになってきた。相変わらず、いつ家にいるんのかとか、生活スタイルは結構謎に包まれているけど、バックグラウンドとか、好きな牛乳のメーカーとか分かってきたので、日々進歩である。でも、劇的に一番「おおお!!!!」と思ったのは、いつも見かけたときに、

「Hola, Comó estás??(元気~??)」

とあいさつしたら、軽く手を挙げて元気ですよ、と示したり、かなり小さな声で「bien...(いいよ)」と言ってくるのが常であった。しかし、今日の朝はじめて、

「...bien...y tú??(うん、元気。自分は??)」

とあいさつが返ってきた。めちゃくちゃびっくりした。

でも、この町の人は全体的に"Como estas??"とか聞いても"bien"としか答えてくれないような気がする。グアダラハラでは、「Estoy cansada(疲れている)」と答えようもんなら、「あほか!!うそでも、元気と言え!!」と言われたりするくらいだったので、"Como estas?-Bien bien, gracias.  Y tu??- Tambien bien!!"は、誰かと会った時の一連の決まった流れのように思っていた。単に、そのあいさつをするほど親しい人がまだいないと言うことなのかもしれないけど、やっぱり、"Y tù??"と聞かれるとうれしいもんだ。

メヒコ人以外(特に友だち)によく聞かれるのは、

「(スペイン語の勉強が終わったら)これからどうするん??」

である。2年間メヒコに住んで出した答えが「スペイン語をちゃんと勉強してみたい」だったから、それをはじめたばかりで、その次のことを聞かれても正直困るのだけれど、まぁ、今さらスペイン語を勉強しておめえ、どうするんだ?!と不可思議に思われるのも分からなくもない。でもその質問は、極めて無意味だなぁ、と思う。なぜなら、時間は繋がっているからだ。昨日が今日まで繋がり、今日が明日に繋がっているのだから、今の時点では答えようがないと思うのだ。私の昨日までが今日にたどり着いたのだから、今日が辿りつく明日やその先の先のことをどうして答えられよう。確かにそれは存在している。あるけど近づいてきたときに(あるいは、こちらが近づいていったときに)、より輪郭をはっきりとさせて現れるだろう。……決して、ふざけているわけでもまじめに考えていないわけでもないけど、時間に追われていないとこんなんになってしまう。

May 17, 2011

同居人

私の今住んでいる家には、同居人がいる。不思議な同居人で、いついるのかよくわからないのだ。彼は、18歳のアメリカ育ちのメヒコ人らしい。とにかく、顔をあわせるときが少ないので、本当にわからないと言うのが正直なところなのだが、少しはコミュニケーションもある。

彼は、アメリカで育ったのでスペイン語のライティングが苦手らしい。そして、あんまり人と話すのが好きではないらしい。最初は、私のスペイン語が怪しすぎるから「こんな奴の相手はいやだぜ」と避けられているのかと思い込んでいたが、語学学校の他の先生に聞いても、誰に対してもあまりしゃべらないらしい。あまりしゃべらないけど、悪いやつじゃあない、と言うのが大方の見解だ。

ある日、シャワーが待てど暮らせど水しか出なかったので、こんな水だけの生活はもうだめだ!!!と、18歳の同居人に尋ねてみた。すると、しばらく経ってから、

「お湯の出し方わかったけど、今教えようか??」

と言って来たので、このチャンスは逃すべからずやな、と思い、

「オ、オネガイシマスダ!!」

とほいほいとついていった。屋上に、湯沸し器みたいなものがあり、それに点火しなければならないのだった。前に住んでいたところにも同じものがあり、実は1回しか点火したことがない。大体他の住人がやってくれていたのだ。しかもその時は、チャッカマンを持っていた。しかし、今回同居人の手を見ると、がっつり持たれているのはマッチ。

メヒコのマッチは、日本のマッチのようにしっかりとしていない。手の後ろのほうを持ってシュッと擦ろうもんなら、頭の部分がポリンと取れてしまう。だから、火をつけるのが非常に難しい。ゆっくりと話しながら、点火の仕方を教えてくれた。そして、

「はい、練習のためにやってみて」

と、マッチを手渡された。そのマッチを操る様子があまりにもどんくさかったのだろう、見るに見かねて、

「……こうするねん。」

と、レクチャーを施してくれた。右手の人差し指(マッチを持つ方の手)を、まさかのマッチの頭のところに添えるというフォームである。こんなところを持って擦ったら、指が燃えてしまう!!!と、半信半疑で彼の言うとおりにすると、力がマッチの頭に伝わるのが擦りながらわかった。ばっちり摩擦してます!!という感じで、あっさりと火がついた。そして、火がついても一気に頭が燃えるわけではないので、下部から上部に火が回るまでに添えていた手を後ろのほうに持ち替えればいいのだ。

「おおー!!!!」

と喜んでいると「はは、よかったな」という表情をされた。

我々の共有スペースは、キッチンである。しかし、前述の通り、避けられているかもしれないのであまり出くわすことはない。先日、珍しく私がご飯を食べているときに部屋から出てきた。すると、

「最近、洗い物ほったらかしでごめん。ちょっと忙しくて」

と言ってきた。

「いいねん、いいねん~~!!ところで、君は牛乳が好きなのかい??」

と聞いてみた。異常な量の牛乳が毎日買い込まれているのを不思議に思っていたので、このチャンスに聞いておきたいと思ったのだ。その量、なんと1日に2~3リットルである。私なんて、1リットルを1週間くらいかけて消費するのに、1日2~3リットルである。水でもそんなにのまへんやろ……、と思っていたので、これはぜひとも本人に聞きたかったのだ。

「……うん。」

「でも、1日3リットルって、多くない?!」

「お前は1週間に1本か??」

「うん。」

「少なくねえ??」

「でも1日3リットルって、多くねえ??」

「……牛乳、うまいぜ。」

彼が牛乳をあんなに買い込む理由は、単に「牛乳がおいしいから」と言うことだった。そして、今から買いに行って来るぜ、といってまた牛乳を買いに出かけた。いくらおいしいといっても、1日に3リットルはなかなか飲めるもんではない。

でも、こうしてたま~にコミュニケーションがあるから、徐々に心を開いてくれているのだろうか、と思いきや、こないだはいきなりドアをバーンと閉められたり、わけがわからない。そうかと思うと、おもむろに冷蔵庫から牛乳1リットルを取り出して、「ちょっと牛乳飲んでくる」といって、外に出かけていったりするから、やっぱり別に嫌われているわけではないんだろう。

住居に関しても、学校に関してと同様、なんか同居人がいてその人としゃべったりしたらスペイン語の練習になるわ~、と期待していたのだけれど、これまた状況が違う。でも、これはこれでなんだか自由な感じでいいなぁ、と思っている。そして、誰もが「ああ~!!あの子はしゃべらないわよ~!!」といいうけど、もうちょっと気軽にしゃべれるようになりたいなぁ、とひそやかに思っている。

今日仕入れた情報によると、彼はプロレスの大会に出たことがあるとか何とか。どうりで、あんなにたくさんのプロテインを日々消費しているわけだ。全く謎の多い同居人だ。

しかしまぁ、「住めば都」とは、よく言ったもんで、自分のとらえ方・過ごし方次第で良くも悪くもなるんだなぁ。

May 14, 2011

reloj

"reloj"とは、スペイン語で「腕時計」のこと。日本人にとって発音が難しいとされている。RとLが入っている上に、Jで終わるからだ。日本語の単語は全部母音(a,i,u,e,o)で終わるから、子音で終わる単語は難しいとされている。まぁ、それはさておき、私はいつも腕時計をつけている。

もう何年も同じものをつけているので、わかる人もいると思うけどFHBというメーカーの文字盤がめちゃくちゃでかくていかついやつだ。その腕時計の秒針が二日ほど前から急に動かなくなった。動くのだけれど、2秒に1回が3秒に1回になり、そして4秒に1回ズババババと一気に動くようになってしまった。一瞬、時計が壊れたかと思ったけど、よくよく考えてみると、買ってから一度も電池を交換したことがないことに気がついた。まだ時間が遅れるということにはなっていなかったので、完全に時計が止まるまで放置しようかなと思ったけど、一軒時計屋さんがあるのをこないだ街をぶらついているときに見つけたので、価格調査までに足を運んでみることにした。

「電池交換できますか??」

と聞くと、

「できるわよ」

とおばちゃん。

「いくらですか??」

と聞くと、みてみないとわからないと言って、時計を手渡すと5秒くらいでぱかっと電池のところを開けて、

「40ペソね」

といった。その手際のよさに妙に感動して気がついたら交換をお願いしていた。でかい文字盤なので、電池の交換自体は簡単だけど、そのカバーを閉めるのが厄介だったらしくてこずっていたけど、ものの5~10分くらいであっという間に直ってしまった。

秒針を見ると、カチ、カチ、カチ、カチとちゃんと1秒ごとに時を刻んでいた。やっぱり、時計はそうでなくちゃいけないと思った。そして、これからはこの時計が時を刻むたびに、あの時計屋のおばちゃんやこの町のことを思い出すんだろう。

2 semanas

さて、学校が始まって2週間。今週は、一人で授業を受けているけど、私のペースで勉強できるから結果的にはとてもよい。そして、同じ日に入学した日本人の二人ともようやくたくさんしゃべる機会ができて、しゃべってみると旅好きのオモロイ二人やった。学生だけど、訪れた国の数は私なんて足元にも及ばないくらい。やっぱり、いろんなところに足を運んで、自分の目で見て、肌で感じてきた人の話はおもしろい。うわべだけのしょうもない話をしていると、日本語と言う言語がその距離をさらに遠くするけど、オモロイ人の話を共有するのに年齢は関係ないなと思った。

二人の話を聞いていて、やはり行ってみたくなったのがラオス。ラオスのことを悪く言う人に今のところ会ったことないから、ラオスへの憧れは募るばかりだ。二人は関西出身で、一人は三重県の子で、しゃべっていると伊勢の友だちのことを思い出して無性に会ってしゃべりたくなった。関西以外のエリアから見ると関西弁とひとくくりにしてしまわれがちだけど、関西弁も各県や地域によって全然違う。その違いを感じられるのはやはり、ネイティブスピーカーならではだなと思う。つくづく言語馬鹿だなと思う。

1週目は、韓国人の女の子がクラスメイトだったのだけれど、彼女のスペイン語はめちゃくちゃ韓国語に引きずられた発音になっている。そういうのを聞いて、自分のスペイン語も日本語にめちゃくちゃ引きずられているんだろうか、と考えてみる。でもそれは、自分ではわからない。前にも言ったことがあると思うけど、英語でもそうだけど、自分の英語やスペイン語を日本語に再翻訳したらどういうふうになるのか(関西弁みたいにめっちゃなまっているのか、それともなんかすまして標準語みたいなのか。)、ほんとう、誰か教えてくれないだろうか。

しかしまぁ、2週間よく頭を使ったので、今週は中盤からふらふらだった。週末なので、ゆっくり休もう。そういえば、心配していた学校に生徒独りぼっちになるかもしれない件は、とりあえず回避された模様。来週、まだ日本人の二人ももう1週間残って、さらに、アメリカの人が来るんだそう。さあ、第3週目は、どうなる。

May 11, 2011

El día de mamá

今日5月10日は、メヒコでは母の日。日本でも、母の日と父の日なら圧倒的に母の日の方が盛大に祝われるけれど、メヒコではその比ではない。なんといっても、母の日は「国民の祝日」で国を挙げてお母さんの日を祝うのだ。

朝、学校への通り道に花屋さんがあるのだけれど、いつも割りににぎわっているけど今日はさらににぎわっていた。赤や白のバラの花やその他いろいろの花を買い求めて、若者も中年も、女の子も男の子もみんな花を買い求めていた。だから、今日は街を歩いていても花束や1輪の花を持った人たちで溢れている。日本では、息子からお母さんへ花を贈ったりする習慣はあまり無いけれど、こっちの男の子は「おかん大好き」なので、恥ずかしげも無く花を買い求めている様子がみられる。

お母ちゃんたちはと言うと、きれいに着飾ってお出かけである。町なかでお互いに、

"Felicidades!(おめでとう!!)"

と声を掛け合っているのも印象的だ。家族でお出かけして、お母さんはきれいな服を着て、プレゼントやら風船を持って歩いている。おかん、めちゃくちゃ甘やかされています。

でも、お母さんはほんまこれくらい甘やかされてもええんとちゃうかな、と思う。メヒコのお母さんたちだけではなく、世界中のお母さんたちのことである。

私もお母さんと離れて暮らしているけど、本当お母さんには頭が上がらない。今の「ありえない」状況を、とりあえず誰かに話したくて、日本が早朝だったにもかかわらずお母さんにメールをすると、少しスカイプをつないでくれた。学校に生徒がいないというよりも、しゃべり相手が皆無なのが物足りないことをぐちぐち話していると、「夜くらいしゃべらへんほうがええわ~。なんか、もの作っといたらええやん。」と、親身になってくれているんだかなってくれていないんだか微妙なコメント。しかしお母さんの言葉は不思議なもんで、「まぁ、それもそうだ」と納得させられてしまう。仕方がないことは分かっているし、誰に相談しても解決策があるわけではないこともわかっている。それでも誰かにそれを「どうしょうもないねんから、しゃあないわ!」と言ってもらいたい気持ちがある。それは、他の誰でもなく、お母さんじゃないとあかんのである。

お母さんとは、誰にとってもそんな「ものすごい人」であるはずだ。だから、少々大げさにでも感謝の気持ちを伝えた方がいいと思う。花より団子のおかんなら、ケーキでも手土産にして、ありがとうの気持ちをケーキに代弁させるといいと思う。

私の友だちにも「母」の人がいるけれど、問いたい。日本の母の日はこの間の日曜日だったけれど、ちゃんと甘やかされましたか??もしも、家族に甘やかされていないのなら、即刻甘やかされるべきだ。

母の日、おめでとう!!!!!!

May 10, 2011

ありえない

ありえないことあがありえる国、メヒコ。しかし、今回の「ありえない」は、私にとって予想外。ああ、でもそれがありえないということか。

何がありえないのかと言うと、今通っている語学学校に生徒がいなさ過ぎるのである。先週の第一週目は、韓国人のクラスメイトがいたのだけれど、彼女は先週で講座を終了していった。なんでも、夏から大学のスペイン語コースに通うんだそう。なので、今週は、クラスには私一人。しかし、学校全体にも他に、旅の途中でスペイン語を勉強している日本人の男の子と女の子がいるのみである。なんて日本語って壁があるんだろう、と感じざるをえないのが彼らと話した感想。つくづく年齢の差を感じさせる言語だなぁ、と思うと少し悲しい。しかしまぁ、彼らも旅の人なので今週でクラスを終了していくだろう……。となると、来週からは全くもって独りぼっちになるかもしれない?!

びっくりして、これはもう、なんというか、わらけてしまう。ありえへんやろう~~~?!と言ってみても、実際にありえているのだからもう、笑うしかない。

学校に行けば友だちできるべ~、と楽観的に考えていたけど、どうもそうは問屋が卸さないようだ。学校は、まぁ、一人っきりでさみしいと言えばさみしいけど、スペイン語を勉強したくてやってきて、それが叶っているので、勉強できること自体はとても楽しい。しかし、学校以外の場所でものを注文するとか、店の人を冷やかすくらいしかしゃべる場が無いのだ。それが、大変。大変というか、「しゃべり足りない」と感じてしまう。家にインターネットが無いから、家に帰ってからは基本的にすることが無いので、ガリガリと勉強しているという状況。

勉強したいと望んでここに来て、その望みは達成されているのに、今度は「しゃべる機会が足りない」とぶうたれている。あああ、一気に全てが叶えられないことはわかっているのになあ。本当、人間はわがままだと感じる今日この頃。

まぁ、街をぶらぶら歩いていると、映画を安く見られる日のインフォメーションをゲットしたり、いろいろ劇場で催し物や映画祭がやっているみたいなので、ぼちぼち足を運んでみようと思う。

May 05, 2011

Vista Hermosa

久しぶりの更新は、またまたフロムメヒコです。なので、"mexico no kurashi 2"といったところでしょうか。2年間の学校での仕事で、微々たる給料をもらいながら、せこせこと貯めていたのです。とは言ってもペソなので、円やドルに換金して日本に持ち帰っても一瞬で消えてしまう。それならば、そのせっかく貯めたお金を、もう少し長い間有意義にすごそうじゃないか!!ということです。完全に道なき道を爆走しているな。

アメリカから帰ってきてからは、本当にばたばたの日々。グアダラハラに帰って、お世話になっている人生の師匠Aさんや友だちに会って、いっぱいしゃべって、道の角で手をあげてバスを止めてにんまりして乗り込んでガタガタとバスに揺られるという、1ヶ月前となんら変わらないことをしている自分がいた。1ヶ月離れただけでは、「懐かしい」と言う感情を抱くには少し短い。でも、やっぱりひさしぶりで妙に興奮してしまった。しかし、昨日までアメリカでダウンジャケットを着ていたのに、半そでなのに寝苦しくてううううとうなりまくって眠れぬでの夜とは、なかなかふり幅の激しい生活の変化である。

さて、新しい生活では何をしているのかと言うと、スペイン語を勉強することにした。今さらスペイン語なんか勉強してどうする、お前!!!という感じもするけど、道端と独学だけで勉強するスペイン語に限界を感じていたから、少しちゃんと勉強してみたらどうなるかしら、というわけである。アメリカでもっと暇な時間があるかと思っていたら、意外と時間がなくて(と言うか、自分にその気がなかったのか)、学校休むところは、間際にばたばたと決めた感が拭えないので、詰めが甘い。甘すぎる。家でインターネットが使えないのも、確認不足。でもまぁ、あるとずっと使ってしまうだろうし、昼間はその辺でwifiの電波でインターネットができるので、まぁ、よしとしよう。

今一番困っているのは、家への帰り方である。今いる街は、なんと標高2000メートルのところにある街で、グアダラハラが1500メートルくらいなので、それよりも500メートルも高い。小さな道が入り組んであり、しかもそれが坂道だから大変だ。私の家は"Vista Hermosa"という小さな通りにある。”美しい眺め”と言う名前の通りである。その名のとおり、とても景色がいい。しかし、いい景色と言うのはだいたいそう簡単にたどり着けるものではない。ものすごい坂道なんである。しかも、2000メートルの標高で、すぐに息切れがする。(あと、おそらく運動不足も手伝って。)教えてもらった道は2~3種類ほどあるはずなのに、1つしか覚えていない。

「帰りはこっちの道に行くと楽だよ」

と坂道の急じゃないほうの道を教えてもらったと思うけど、さっぱりわからない。月曜日から、こっちかな~、いや、あっちやろ、といろいろ道を試しているけれど、一向にたどり着かない。なので、その都度、引き返して、また違う坂道にトライする。そして、結局は見つけられずに同じ坂道を登っている。リュックサックには、パソコンをはじめ、いつも荷物が満タンにつめこんである。これはもはや修行である。平坦な道を歩くのと、坂道を歩くのでは使う筋肉が違うらしく、とりあえず今はおしりの筋肉が痛すぎる。このあとまたあの坂道を登らなければならないと思うとげんなりするけど、ええ運動だと思って、歩け、自分!!!!

久しぶりやったので近況報告のようになりました。みんなは、どこでどんな暮らしをしていますか??