July 31, 2010

Chihuahua - Creel


チワワからは、この旅で私が一番楽しみにしていたといっても過言ではないチワワ太平洋鉄道で海のほうを目指した。チワワ太平洋鉄道は、Chepe(チェぺ)と呼ばれている。チェぺには2回乗ったのだが、最初はチワワからCreel(クリール)という小さな街まで。クリールは、絶景ポイントや先住民族のタラウマラ人が住んでいることで有名な小さな街(村??)だ。

チェぺは、内陸のチワワから海沿いのLos Mochis(ロスモチス)までを走る観光鉄道だ。地元の人も利用するが、本数が極めて少ない。少ないも何も、1等が毎日1本と、2等が週に3日運行しているだけなのである。しかし、鉄道自体は貨物列車にも利用されているようだ。1等と2等は値段が倍ほども違うが、去年Guanajuato(グアナファト)に旅したときに出会ったメヒコ人とフィンランド人の2人に聞いたところでは、主な違いは食堂車が着いているかどうかと言うところだけらしい。どっちに乗っても、始発駅(上り、下りとも)はかなり早朝に出発するし、終点にも深夜近くに着くというタイムスケジュールである。

早朝、チワワ駅に到着すると既にたくさんの人でごった返していた。まさかチケットが売り切れやしないだろうな、と不安になる混み具合である。しかも、現金をあまり持ち合わせていなかったので、私の頭の中は「チケットがカードで買えるのか」ということのみで埋め尽くされていた。チケット売り場の列に並びながら、「カードが使えるかどうやって聞こう」と頭の中でシュミレーションを繰り返し、いざ順番が来て、

「カードで買えますか??」

と無事に聞くことができた。すんなりと「はい」といわれたことにすっかり舞い上がってしまい、嬉々としてチケットを購入した。ほっとして、列から外れて友だちを待っていると、

「カードも割引も使えたね」

の一言。……わ、割引だと?!メヒコでは、メヒコ国内で学生あるいは教師をしていると長距離の交通機関(バス・列車)では割引が適応されるのであった。カードが使えるかで頭がいっぱいになっていて、すっかり忘れてしまっていた。

すぐに窓口に戻って、払い戻しを頼んだが「NO」の一点張りである。事情を説明したり、ひたすら頼み込む作戦を試みたが答えは「NO」である。ほんの2分も前の出来事を撤回できないとは何事か。メヒコではなにかと融通が利くことが多いが、たまにこのような不可解な融通の利かなさがある。しかも、今回の場合支払う金額が高かったので割引額もでかく、おずおずと引き下がるわけにはいかない気持ちが強かった。相当困って頭を垂れていると、1人の車掌さんが声をかけてくれた。

「同じ行き先の人を探して、その人に君のそのチケットを現金で買ってもらって、君は割引を適用して再び窓口で買ったらどうだい??」

という天才的な提案をしてくれて、切符売り場に並ぶほかの乗客に一人一人声をかけて行き先を尋ねてくれた。出発時間がせまっていたこともあり、今から切符を買う乗客はあまりおらず、またいても行き先が違っていたりとうまくいかない。1人同じ行き先の人を見つけたがその人も払い戻しをしたいらしく、結局彼以外に同じ行き先の人すら見つけることができなかった。

旅2日目にして自分の凡ミスによりテンションはどん底に急降下。列車に乗り込むも、ブラインドが各車窓についているのだがそれも上げる気にもならない。気にかけてくれる友だちの言葉も耳に入らず無視状態、iPodを聞いて不貞寝を決め込むという、もったいない&最悪の状態でチワワ駅を出発することになった。

ふて腐れても尿意はしっかりとやってくるから困ったものである。各車両にトイレがついているので席を立った。ついでに車両と車両の間のデッキのところにでて流れ行く景色を見た。のどかな風景と気持ちのいい風を浴びていたら、凹んでいることもふて腐れていることがあほらしくなってきた。そうすると、「せっかくお金を払って乗ってるんやんか、たのしまなあかん!!!!」という気持ちに切り替わった。流れていく景色を見るのは本当におもしろくて、オーストラリアでSydney(シドニー)から内陸のBroken Hill(ブロークンヒル)という区間の列車に乗ったときのようにひたすら同じ景色が続くのではなく、平野になったり、山になったり、畑になったりと変化に富んだ景色は見ていて飽くことがなかった。天気もよくて、風の具合も気持ちがいい。遠くに人々を見かけては手を振ってみると、振り返してくれるから、それも楽しくて「やっぱり列車の旅はええなぁ~」とのんきに思っている自分がいたからいい気なもんである。

小一時間デッキにいて席に戻ると、さっきの行き先が一緒の払い戻しをしたがっていた人があらわれた。彼はフランス人で一人旅でメヒコに来たんだという。私がチケットの件で困っていたからその後どうなったのかわざわざ様子を聞きにきてくれた。彼はフランスで高校の先生をしているらしく、名をOlivierという。フランスでは学校が休みになると教師も完全に休みになるから、長期休暇を利用して世界のいろいろなところを旅してまわっているらしい。この人こそが、次の目的地Creelにおいて何かと我々の世話を焼いてくれることになるとは、この時点ではまだ知る由もなかった。

【写真】
チェぺのデッキから。こういう「いかにも列車の旅してまっせー」的な写真が撮りたかった。いや、乗っていたら撮りたくなるんですよ、と言う写真。

Chihuahua


今回の旅の始まりは、チワワ犬でその名がおなじみのChihuahua。特筆することもないくらいに特に何もない街だった。あったのは、この写真の紫色の壁という悪趣味なセンスのホテルくらいである。

July 30, 2010

vivaaerobus

今回の旅は飛行機も使った。vivaaerobus(ビバアエロブス)という、メヒコの若手格安航空会社だ。アエロメヒコなどと比べると、約半額という低価格ぶりだ。

そうすると、「なぜそんなにも安上げることができるのか」という疑問がわいてくるが、実際に乗ってみると無駄が徹底的に省かれているからだ、の一言に尽きる。

まず、国内線なのにもかかわらず2時間前にチェックインしろと言う点。これは、手続きを手作業でするから時間がかかるためである。かといってむやみに早く仕事を始めるわけではなく、チェックインカウンタもぎりぎりまであけない。vivaaerobusのチケットには値段設定が3種類くらいあって、一番安いのは手荷物のみ。次は預け入れ荷物あり。その上のクラスは預け入れ荷物の重量制限が重くなるという違いである。基本的にチケットは自宅でプリントアウトすることが求められている。私たちは、ウォルマートの一角にある予約コーナーみたいなところで購入したので普段は長距離バスに使われていると思われる券に3人分の予約が印字されてあるのみの物が購入証明だった。チェックインは全て人力で行われており、我々のようにプリントアウトされたチケットを持っていない人はその場でチケットをもらうのだが、これが全てスタッフの手書き(あるいはハンコ押印)で、紙の質はコピー用紙よりも薄いくらいのぺらっぺらの紙。乗客名簿が紙にプリントされてあり、一人一人IDと照らし合わせながら確認される。そこにパソコンなどの機器は見当たらない。手間はかかるがシステム導入のコストは省かれている。

チケットにはアルファベットが印字されており、PとA~Dのどれかに丸がつけられてある。ロビーで待っていて搭乗時間になると、そのアルファベットが大きく書かれたプレートを持ったスタッフが大声を張り上げる。

「Pの人!!ここに並んでください」

「次、Aの人!!ここに並んでください」

といった具合である。乗客はそれに従い、アルファベットごとに並ばされて、まるで集団ツアーのようだ。Pはプリメラ(1等)と言うことなのだが、いざ飛行機に乗り込むと、何が違いかと言うと何も違いはない。一番に搭乗できるというだけのことである。おもしろいことに、誰も席は決められておらず、飛行機に乗った順番に好きなところに座ってもいいと言うしくみで、本当にバス旅行か何かのようだった。行きしなの便は空席が目立ったが、帰りの便はほぼ満席で、最後の方に乗り込んだので、いちいち「ここ開いてますか??」と尋ねながら席を探さなければならなかった。ここまで徹底的に無駄を省いた航空会社は初めてだったので、かなり興味深く体験した。

もちろん、機内食などのサービスは無く、代わりにメニュー表があってお金を支払って購入するというしくみである。驚いたことに、短い時間のフライトにもかかわらずたくさんの人がそのサービスを利用していた。あまりにたくさんの人が利用するから、ジュースくらいは実はただなのか?!と思い、しれっとした顔で、「ジュースは何にしますか??」とか聞いてくれるのを期待したけれど、スルーされてしまったから、やはり購入しなければならないようだ。

この徹底した無駄を省いてチケット代を抑えてくれるというサービスは私的にはいいなぁ、と思う。しかし、日本では実現しないだろうと思った。現に、日本の国内線では「手軽にチェックインできる」ためのカードやシステム(ANAのSkipなど)があったりするくらいだから、サービスをどこに置くかと言う視点が既に違っている。「手間」を省くのか「値段」を下げるのか。メヒコは日本の国土の約5倍もある大きな国だ。だから、飛行機は日本の人々が使うよりももっと安価で身近なものでなければならないのかもしれない。そして、この国の人たちは日本人よりももっと時間に余裕があるように感じる。日本人が飛行機を利用するのは、時間が短縮できるから、という印象を受ける。遠いところに行くには、バスや電車は時間がかかるし休みも少ない、だからこそ飛行機を使うのだ、と言う感覚だろう。

しかし先にも述べたとおり、この国の人たちからはさほど時間に切羽詰っている感じを受けない。だから2時間前に空港にこなければならないというルールを受け入れられるのかもしれない。もっというならば、例えばグアダラハラからチワワまでの料金はこのvivaaerobusを使うと、バスと値段がほとんど変わらないんである。でもバスを使う人たちもいる。バスには荷物の重さ制限が無いからだという一面もあると思うが、果たしてそれだけだろうか。この広大で変化に富んだ風景を持つメヒコにおいて、飛行機でビュンとひとっ飛びしてしまうのは便利だけれども味気ない、そんな気もする。

このvivaaerobusを利用したことで、ほんの少しメヒコ人と日本人の時間へ対する価値観の違いを見たような気がした。

Airport Taxi

空港へ行くときは、なるべくバスを乗り継いでいくことにしている。理由は一つ、安いからである。市バスと空港バスを乗り継いで19ペソである。(これでも去年から比べると4ペソも値上がっている!!)一方、空港タクシーは250ペソである。(これも今年の3月と比べても10ペソも値上げされている。)今回の旅も、できればバスで行きたかったのだが飛行機がかなり早い時間だったのでやむなくタクシーを利用することにした。

飛行機は、普通は国内線なら30分前くらいのチェックインでいいと思うのだが、今回利用したメヒコの格安航空会社vivaaerobusは違う。国内線なのになんと2時間前に空港に行っておかなければならなかったのである。このvivaaerobusのことは、別に書くことにして、とりあえず今回は空港タクシーのことをば。

空港タクシーは予約制で、予約した時間よりも絶対に10分15分と早めに来てくれるし、金額が定額制でチップの心配をしたりぼったくられたりする心配がない。いわゆる、「信頼と実績」のタクシーである。その「信頼と実績」を信頼して利用する気満々でいた。一つ気がかりだったのは、今回の旅は友だちと3人連れで行くことになっていたのだが、それぞれが別の場所に住んでいるということだった。3箇所を回ってくれるのだろうか、そりゃあ「信頼と実績」の空港タクシーならそんなことは分けないはずだ。しかし、裏を返せば「ちゃんとしている」のでいくらか値段が上乗せされることが予想された。その金額を知るためにも、まずは電話だ!!と、張り切って電話をかけてみた。張り切ってはいるが、怪しいスペイン語能力につき、そんなことがちゃんと尋ねられるのか内心は冷や冷やである。しかし、勢いで何とかなるという自信を与えてくれるのがこのメヒコのいいところでもある。

ところが、である。空港タクシーに何度電話しても繋がらない。話し中というわけでもなさそうだ。携帯の画面には「接続に失敗しました」的なメッセージが出るばかり。ううむ。これは困った。とりあえず、次の手を打たなければならないので家の近所にある、黄色いタクシー、いわゆるシティオというその辺を走っているタクシーの基地に出向いてみた。そして、翌早朝にタクシーが必要な旨伝えると、名刺をくれた。3箇所でピックアップ云々の件、異常に早いという点も伝えたが問題ではなさそうだった。

結局、何度トライしても空港タクシーの番号に繋がらないのでシティオの方を利用することにした。電話では不安なので、もう一度基地に出向き身振りと手振りで伝えた。朝の4時15分くらいに着てね、と約束した。家に帰ってしばらくするとさっき約束をした兄ちゃんが家に訪ねてきて何事かと思いきや「おめえ、アパート番号言ってなかったろ!15分くらい前にはちゃんと来てやるからアパート番号を確認しに着たんだ!」と言うことだった。

翌日、朝起きれるかを心配しすぎて寝つきが悪く目覚ましに気付かずぐぅぐぅ寝ていたところ(いわゆる寝坊)へチャイムの音が響いた。4時過ぎ、約束の15分前である。さすが前日にチャイムの場所を教えておいただけある。シティオ、やるじゃないか!!!!もはや「信頼と実績」の称号は、エアポートタクシーではなくてこのシティオに、である。

まずは金額を交渉せねば、と眠すぎてはきそうな頭で金額を聞くと、「多分220くらいじゃないかな」との答え。手元を見てみるとメーターをきちんとつかってくれていた。め、珍しい!!!!友だちのところにも私のこの怪しいスペイン語を頼りにちゃんとよってくれ、そしてすいている道を快適にぶっ飛ばしてくれ、無事に空港にたどり着くことができた。空港の敷地に入ったところで、メーターは200を少し越えたところだった。兄ちゃんは何も言わずにメーターを切ったから、それは若干気になるところではあったが、きっと頭の中に記憶しておくんだなぁ、さてさて、いくらかね、と張り切って「いくらですか??」と聞くと、謎の間を5秒くらい取ってから

「280ペソ」

といわれた。……あれ?!さっきの200前半のメーターの表示はなんだったのか?!?!しかし、ここまでパーフェクトにいい働きをしてくれたので抗議する気にもならず、「オッケイ!!!!」と兄ちゃんに280ペソを払った。

「信頼と実績とちゃっかりさ」が売りのシティオである。

July 29, 2010

AguaのEnriqueのおっちゃん

メヒコは、水道水が飲めない。全土かどうかは知らないが、少なくとも私の住んでいるところや、今まで訪れた都市や街では、飲み水は全てガラフォンと呼ばれる購入したタンクのものを使っている。ガラフォンは、スーパーやコンビにでも買えるけれど、20リットルのボトルを持ち運びするのはかなり大変である。特に私のように車を持たない人にはきつい。もちろんそういう「痒いところに手が届いてほしい」商売は存在するわけで、ガラフォンの配達サービスがある。水の会社が直接行っているところもあるが、私は「エンリケのおっちゃん」という人に配達してもらっている。

「エンリケのおっちゃん」は、私の話やブログにも登場したことがあるので日本に住んでいる友だちも彼の存在を知っていた。そして、この間遊びに来たときに水の残量が少なくなっていくのを見るにつけ「エンリケのおっちゃんに会えるかなぁ」と彼の訪問を楽しみにしていたくらいである。水を持ってきてくれるという珍しい存在と言うだけではなく、エンリケのおっちゃんは私のスペイン語の練習相手の一人でもあり、その話をしていたのもあってみんな会ってみたかったんだと思う。残念ながら、友だちがいる間にはエンリケのおっちゃんが来ることはなく(というか、来てくれていたはずだけどその時間はすべて留守にしていたと思われる。)、とうとう誰も会えずじまいだった。それは「まぁ、残念やったなぁ」ですまされるが、それではすまされへんのが残りの水の量との戦い。生活していくと確実に水は減っていくのに、一向にエンリケのおっちゃんが来てくれる気配が無い。あまりに長いこと留守にしすぎて愛想をつかされたのか……?!?!とあせり始めた頃には、残りの水はボウル1杯分だけ。やべえ!!!!と、エンリケのおっちゃんにメッセージを送って、今日ようやく水を買うことができた。しばらくぶりだったのにいやな顔一つせずに、旅の話や友だちの話を聞いてくれて、おすすめのメヒコ料理までいろいろ教えてくれた。いやぁ、エンリケのおっちゃんは、ある意味私のライフラインである。

ヘドロ2

友だちが全員帰ってしまってから早3日。彼女たちは、日本なりアメリカなりに帰って、早々と仕事に、すなわち現実世界に戻っているのに、私はまだあと少しある休みを満喫している。満喫と言うか、ここまで人と過ごすことが多かった日々だったので、その反動のように一人で時間を使うことに専念しているような過ごし方である。

最近、一日中曇り空の日が多くて、雨もいつ降り出すか分からない天気だったので洗濯物を溜め込んでいた。あるいは、床はほこりまみれ。挙句の果てには、なんだかシャワーのところのタイルも汚い。そして、洗面台の水の流れがなんだかよくないような気がしていた。

そういうわけで、気になるところを片っ端から洗濯したりそうじしたりとしていたわけだ。最後の洗面台の件に関しても放っておくと前例があるので(ヘドロ:Nov.25.09)、今のうちに様子を見てみることにした。気持ち悪いことでも一度したことは、人間免疫ができるのかわりとてきぱきと作業ができるもので、前回恐る恐るパーツをはずしていたのがうそのように大胆にパーツをはずす自分がいた。そして、思ったとおりまたもや「ヘドロ」のような気持ちの悪いどろどろした物体が出てきた。水を流したり、歯ブラシでこすったりしているうちに調子に乗ってきて、前回ははずせなかったパーツまで取り外すことに成功してしまった。こうなればやけくそで、はずせそうなものは全てはずして配管の中にも果敢に歯ブラシを突っ込んでヘドロ除去に精を出した。

日本では、なんか水に浸かると「シュワー」っとするものを放り込んで配管の汚れを取るような掃除グッズがあったような気がするけど、メヒコにはないのかしら。あるならばそれでシュワワワワっと簡単にやっつけてしまいたいもんだが。まぁ、ないならそれは"Ni modo"だ。"ni modo"は、メヒコ弁で、「まぁ、しゃあないよな~」という意味だ。たいがいのことは、この言葉で片付けられる気がする。そう言うゆるさがすっかり身についている今日この頃である。

July 26, 2010

3 semanas



夏休みが始まって3週間。ここまで、本当にノンストップでやってきた。始まってすぐに友だちとチワワ~ロスモチス~バハカリフォルニアを旅してきた。そして、グアダラハラに帰ってきたその日にそのまま空港で日本から遊びに来てくれた友だち二人と合流し、2日後にはまた別の友だちがポートランドから、そしてその翌日からはスポケンから、そして一人は去り、……とめまぐるしく日々が過ぎていたのだ。もう、働き方を忘れてしまった。それくらいに完全なる休日の日々。

最後の一人が今朝出発してしまった。家の中はしんと静まり返っている。友だちがはるばるメヒコまで遊びに来てくれるなんて、本当、いい友だちに恵まれてるなぁ、あたしは、と思う。そして、彼女たちとはいつ会っても久しぶりの気がせず、場所が変わってもそこにあるのはしょうもない話と笑い声。私が今住んでいるこのゆるくて心のあたたかい大好きな国で、そんな彼女たちと過ごせたのは本当に、最高の一言。彼女たちもメヒコのことを好きになってくれただろうか。

一人になって、涙ながらにぼんやりとそんなことを思いながら、これからしばらくは、一人で旅日記の整理などをしながら過ごそうと思う。ブログもそれと平行してぼちぼち更新していこうと思う。……とりあえずは、元気にやってますという報告までにこの投稿を。

【写真】
Chepe(チワワ太平洋鉄道)、チワワからクリールへ向かう途中のとうもろこし畑。

July 02, 2010

タコス

帰りがけ、友だちと別れてから、爆音で音楽を聴きながら早足で歩いていると、公園の向こうに見える屋台の光と湯気。そんな神々しいあたたかさにひかれて、一人なのにもかかわらずふらりふらりと足がタコス屋に向かってしまった。

カチェテとビステックを注文すると、顔なじみの兄ちゃんなので、何も言わずにセボジータ(玉ねぎの小さいやつで、タコスの具の肉と一緒に焼かれていて、肉汁がしみてめちゃくちゃうまい)ももりもりつけてくれた。閉店間近だったので、アボガドのソースはなくなってしまっていたけど、サルサロハ(赤いソース)とリモンをたっぷりかけて立ち食いでほおばった。やっぱりタコスはいつ食べてもうまい。さっさと2つ食べてお金を払って帰ろうとしたら、お釣りが無いという。

「あ~、お釣り無いからね、今日は端数だけ払って、後は次来た時に払って」

といわれたので、6ペソだけ払ってきた。別に名前と金額をメモられることもなく、「ほなまた~!!」のノリである。そんなことでいいのか。いいんだな。だってメヒコだからな。

それにしても、タコスを食べた後は妙に足取りが軽くなる。本当に元気が出る食べ物だなぁ、と思う。

あさってから夏休み!!!というわけで、いろいろ制約やら約束事が多い面倒な旅になりそうですが、今回はメヒコ北部に向かいます。今年(2010年)の春ぐらいに世界の車窓からでも紹介されていたという(母情報)、チワワ太平洋鉄道と言うのに乗りにいきます。世界の車窓からでは、ロスモチスからチワワに北上していくルートだったようですが、私たちはその逆。チワワからロスモチスに向かって南下します。途中には崖の絶景もあるらしく、自然の絶景が好きな私は今からニヤニヤとしているのです。

さて、その旅に備えて、バックパックなどの荷物は前日にちょちょっとやってしまえばいいのですが、前日では準備できないのが旅日記用ノート。旅の日記は絶対に書くことにしている。旅の間はいろいろなものを見たり人に出会ったりと、感じたり考えたりすることが多い。その「考えたこと」を書き付ける目的が一つ。そしてもう一つは、人間の記憶力なんていうものはあまり当てにならないということ。悲しいかな私たちは所詮は忘れていく性質のようなのです。でも、その断片だけでも書き留めておけば、びっくりするくらいに鮮明にそれらの出来事を引っ張り出すことができる性質でもあるようだ。だからこの「旅日記用ノート」は、私にとっては、何度もその旅を鮮やかにしておくための必須アイテムなのです。だから、いつも吟味して買うようにしている。この間の旅まで使っていたのは、大好きなおもろい雑貨屋itsumoで一目ぼれした玉ねぎの皮みたいなふにゃふにゃ素材の紙のふにゃふにゃのノート。それがついに終わってしまったので、次のものを、と思ったのだが、なかなか旅日記用にしたいようなノートを見つけられなかった。見つけられへんのなら作ったらいいまで、なので、作ってみました。

よっしゃ、旅に向けて一歩前進!!!!

【FYI】
世界の車窓から メヒコ編:http://www.tv-asahi.co.jp/train/contents/mexico/index.html

July 01, 2010

onomatopeia

オノマトペ。何かの呪文ではない。擬音語や擬声語のことである。日本語にはこの擬音語がとても多いように感じる。そして、一般的に関西の人はしゃべるときに擬音語が多いといわれている。それは、関西人として納得である。関西の友だちの方が圧倒的に多いのだけれど、数少ない日本のその他の地域の友だちよりも彼らのほうがギャーとかピャーとかよくわからないような、わかりすぎるような擬音語を使っている。私も話すときには自分でも、擬音語をよく使っているなぁ、と思う。それは、ここメヒコにきても相変わらずで、と言うか、ますます擬音語に頼って生活している気さえする。それはもちろん、スペイン語のボキャブラリーや表現の手数が少なすぎるからジェスチャーで伝えたり、音でその雰囲気を伝えるしか方法がないからに他ならない。それで、今日も例によってシュッとかビュンとかダーッとかあらゆる音を駆使してコミュニケーションを図ろうとしていたのだが、やはり伝わる限界、と言うものがあるようで、途中で、

「はーー?!おまえ、何言ってるか、ぜんっぜんワカランぞ!!!」

といわれた。気安い相手で笑いながら言われたので、傷付きはしなかったけれども、それでも、はぁあああ。脱力。もちろん、伝わらなかったことに対してではなく、自分の貧弱な言語力に対してである。